吉川福音教会(BBS)

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秋の気配 寺田祐一牧師

2008/09/08 (Mon) 10:01:58

 今朝は、日差しは強そうですが、風には秋の季節が感じられます。
 田舎にいたころの強烈さはありませんが(ここも田舎ではありますが、ちょっと中途半端かな‥‥ )、かすかながら田舎の秋を思い出しました。
 急に回りが静かになり、音が鮮明に聞こえ、天はどこまでも蒼く、そして高く透明になっていく感じです。
 フォーク・クルセイダーズの「胸に沁みる空のかがやき‥‥ 」や、北欧の、深い悲しみをたたえた深いブルー、あの蒼い空を思い起こさせます。
 世界中同じではありませんが、季節とは不思議なもので、きっと、それぞれの過ぎてきた過去や歴史と結びついていることでしょう。
 夏の想い出、枯れ葉、今となっては懐かしい、ちょっとほろ苦い恋愛の想い出が多いかも知れませんね。
 え、お前がそうなのかって、いいえ、私は家内一筋なので、残念ながらそうした想い出はないのですが、悪くはない、一度ぐらいそうした想い出を作っておけばよかったなーと、思っているだけですが。
 
 恋愛と言えば、私が思い出すのは「嵐が丘」です。ちょっと大変、私の出来るところではありません。
 甘いところではやはり「慕情」でしょうか。子供心にも、外交官になって香港へ行きたいなーと思ったものでした。
 でも、たぶん一番心に残っているのは「ひまわり」です。イタリアとソ連の合作だったのですが、第二次世界大戦という大きな歴史の波に飲み込まれ、引き裂かれて行く二人、互いに別々な家庭、世界に暮らさざるを得なかったのですが、再会しつつも、やがて分かれざるを得ない、ソフィア・ローレンとマストロヤンニの最後の場面が目に焼き付いています。
 やがて汽車は出て行き、一人残る私は‥‥

 おやおや、今日はどうしたことでしょうか。日頃理屈にしか興味がないと思われている私としたことが。
 実は、臆病なので何も出来ませんが、根は至ってロマンチックな男のようです。
 だから神様にであったのかなー。

 庭のリトルワールドも、もう少しキュウリやナスは出来そうですが、葉は枯れて落ち、もうすっかり秋を迎えています。
 でも、まだ暑さは続くのでしょうね。

今朝も土曜日の朝 寺田祐一牧師

2008/09/06 (Sat) 07:29:31

 毎週土曜日の朝には同じことを書いている気がするのですが、もう今週も「土曜日の朝」となってしまいました。土曜日とは、言うまでもなく牧師にとっては、もっとも心忙しい一日です。
 説教の準備は、必ずしも土曜日にあわててするわけではないのですが(土曜日の朝になってもなだ何も決まっていない‥‥ 、時にはそういう時もあります)、どんなに準備が出来ていてもだけなのです。やはり緊張してしまうのですが、不思議なことは、では準備が出来てのんびりしていればよいかというと、これもまたそうではなく、次の日の礼拝説教に緊張感がなく、つまらないものに終わってしまうこともあるのです。
 準備が間に合わなかったり、逆に、緊張しているところに神様の導きやメッセージが与えられ、よいものになることもたくさんあります。

 いずれにしろ、明日の準備は半分以上出来てはいるのですが、我ながら、あまり面白くないなーと感じています。きっと、今日中にもう一波乱、二波乱が必要かも知れません。まあ、その結果は明日の礼拝をお楽しみにと言うことになりますが、ぜひ確かめにおいでいただきたいものです。
 昨日ひとつあったことは、最近、私は相当簡単に、テーマもわかりやすくまとめてお話ししているつもりなのですが、「寺田先生の話は難しくてよく分からない」とのコメントでした。今来始めたばかりの方からは、少し前に、旧約聖書と新約聖書の違いから分からなかったので、今日の話はまったく分からなかったと言われたことがあったのですが(なるほどと思いそれ以来注意しています)、それとは違って、すでに洗礼も受けて二年ほど経っている人の話でした。
 ちょっと、えっと思ったのですが、なるほどそうか、あれでも分かりにくいのかと、よい意味で感じ、少し考えているところです。私の説教は、ほとんどそのままこのHP、「説教」のところに掲載しています。よろしかったら、ご覧になってご意見などをお聞かせ下さるとうれしいですね。

 明日のテーマは「幸せの秘密」で、マタイの福音書5章1節〜10節、有名なイエス様の山上の説教からです。有名なだけに難しいのですが、あまり気張らず、イエス様の御元に集まって一生懸命耳を傾けていた人たちも普通の人々だったのですから、その人々にイエス様が語られたように考えてみましょうか。

 今日一日、精一杯準備しましょうか。

温泉効果 - がらてや

2008/09/06 (Sat) 00:16:04

昨日は久しぶりに温泉に行きました。
「塩サウナ」というものに初めて入ってみました。
体中に塩をすりこんで
サウナの部屋で汗をかく、というもの。
計3回入りましたが
最初の1回目は目を開けていられないほど熱くて、痛くて、
モノの何分かで出てきました。
でも、塩サウナから出たら、肌がツルツルしていたので
水風呂に入ってから、また挑戦しました。
そしたら、1回目より長く入っていることができました。
そして、さらにツルツル!!
肌がまろやかになった気分で
今日は1日朝から張り切ってお仕事できました。

温泉効果! 寺田祐一牧師

2008/09/06 (Sat) 07:28:23

 なるほど、そうですか。
 私はお風呂に行くことはありませんので知りませんでしたが、よかったですね。
 お風呂は久しぶりとありましたが、時々いらっしゃるのですか。

始まった区域礼拝 寺田祐一牧師

2008/09/05 (Fri) 09:16:13

 なかなかまとまったものが書けませんが、今日もまた区域の日ですので、そこでお話しする予定のものを少し紹介して見ましょう。

 夏休み前には、「福音とは何か」、「福音の実際」、そして、「教会って?」という、昔のテキストを元に学び返していました。確か「教会って?」というところの途中までだったと思いますが、9月からも引き続き学んで行くことにしています。
 しかし、今日は第一回目なので、新たに始める心構えを確認する学びにしていきます。
 私たちクリスチャンにとって、自分とってもそうですが、まだ信じていない方々から「なんだ、神様がいるならなんでこんなことになるんだ。第一、祈ったら聴いてくれるって言うが、まだ何にも変わってないじゃないか。いつ神様は聴いてくれるんだい」と言った攻撃を受ける時、本当につらいものです。「主よ、いつまでですか」は、きっと、あらゆるクリスチャンの苦しみ、訴えではないかと思います。
 自分で決めて何をするなら、あきらめるなり方向転換するなり、自由に出来るのですが、成してくださるのは神様ですから、私たちは、本当にただ祈って待っているしかない‥‥
 回りから嫌みを言われずとも、自分の心の中にさえ疑問を押さえることが出来ません。

 実は、それに対して聖書は、何度も何度も、様々なかたちを通して教えています。
 今日はその中から、「ハバクク書」1章12節〜2章3節の箇所通して学んで行くことにします。
 どうすればいいのかって、まずご自分でこの箇所を読んでみてください。そして考えてみてください。
 私の解説はまた後で書くことにします。
 え、ハバククなんてどこにあるのかって?
 なるほど、確かにあまり引用されないところですね。でも、聖書のどこかにあります。
 ぜひご自分で探して読んでみてください。きっと面白いと思います。

 さて、今日のお昼はなんでしょうか。
 勿論そちらも楽しみなのが区域礼拝です。
 うむ、それものちほど。

主の書物を調べて読め 寺田祐一牧師

2008/09/04 (Thu) 10:49:13

 聴く聴かないは人の自由だとしても、イザヤのこころには、自分が語ったことへの反発や攻撃から来る悔しさや痛みはあったと思います。しかし、それよりも、聴いてくれないがために、彼らが受けざるを得ない悲惨な裁きに、むしろこころを痛めているのです。イエス様を否定し、滅び行くユダヤ人を見て、彼らが救われるなら自分が地獄へ堕ちてもいいとさえ言った使徒パウロと同じ心境です。
 それはイザヤにとってもたまらないことのようで、情け容赦のない罪の指摘と断罪の後、いつも、それにもまさる回復、慰めと励ましのやさしさがともなっているのです。これこそが、イザヤ書の持つもっとも大きな特徴ですが、その中にこそ、イエス様誕生の預言、滅びからの回復、終末預言における完全な解放と幸い、すなわち「救い」があることを訴えています。どんなに難しく見えても、一時のことに惑わされないで欲しい。私に語らせている神様は、すべてをご存じの上でかたらせておられるのです。
 だから負けるな!
 俺の言うことを聴いてくれ!
 信じられなければ、ぜひ聖書のみことばを読んで調べて欲しい!
 そこに必ずあなたは答えを見いだし、私の言うことが真実であることを知るだろうと。
 
 この姿勢を、イザヤは60年続けるのですが、思いやこころは同じでも、私には真似が出来ません。
 しかし、とにかく読み、毎朝書くことによって、イザヤの深い愛情、やさしさが沁みて来ます。
 これだけでも、私にとって深い慰めとなり、新しい力によって満たされ、立ち上がって行くことが出来るようです。
 結局、戦いとは、環境や人とのことではなく、言い古されていますが、自分自身とのことであることがよく分かります。
 しかし、こんな戦いをしていると、回りから人はいなくなるのかも知れません。背に腹は代えられないのですから。
 イザヤは、そんな孤独な自分と、神様がいつもともにいてくださることを感じていました。いや、感じようと常に祈っていたのです。大事なことだなーと、本当に読んでいて分かります。
 早天礼拝とは、実に単純なものですが、それを続けて行くのはそう簡単なことではありません。続けて行こうとする気持ちは勿論大切なものですが(続けさせない要因は毎朝あります)、そこに喜びを見いだすことはさらに大事なことです(なんだかぎくしゃくして恵みを感じられない時も‥‥ )。
 イザヤの才能や働きをまねようとしても私には無理です(当たり前ですが)。ただ、向かう方向を一緒にすることは可能でしょうか。
 「主の書物を調べて読め」でしょうか。  

私の故郷 寺田祐一牧師

2008/09/03 (Wed) 09:25:22

 さて、今日からまた区域礼拝が始まります。
 少し忙しくなりって来そうです。
 暑さはまだ続いていますので、あまり無理は出来ませんが、なんだかうれしくなりますね。
 やはりクリスチャンのとっては、集会があり、そこに集まって賛美をし、みことばを読み、祈る、後に主の食卓に預かることは本当に大きな喜び、力です。
 今日からまた始まるのかと思うと、緊張とともに力が湧いて来ます。
 今、その準備の真っ最中です。
 そう言えば、夜のは水曜祈祷会があるな、その準備も‥‥

 イザヤ書の「朝ごとに」が少し時間がかかって、このBBSにさく時間が足りないのですが、ぜひ、合わせてお読みいただくと感謝です。
 書きたいこと、書かなければならないこと、たくさん残してしまいましたが、いずれ時間をとって必ず書くともりでいます。秋の夜長は、それにもぴったりな時期となるのでしょうか。

 ひとつだけ、昨日は午後から、ある韓国の先生にお会いするため、渋谷に出かけたのですが、その混雑ぶりには度肝を抜かれてしまいました。電車に乗っても町を歩いても足の踏み場もない、途中で目が回り、頭が痛くなってしまいました。
 渋谷は私が25年前まで過ごした地ですが(母教会がある)、ああ、すっかり田舎者になったんだなーと、不思議に感謝な思いに満たされて吉川に戻って来ました。吉川にはもうだいぶ遅く着いたのですが、着いた途端、肩の荷が下りるようにホッとしましたね。
 いいか悪いのかは分かりませんが、なんだか吉川の人間になったようでうれしかったのです・
 おそらく吉川は、私にとって「終の棲家」となるのでしょうか。
 反面、なんとしてもここで頑張らなければと、新たな思いも湧いてきて、本当は行きたくなかったのですが、昨日渋谷に行ってよかったなと思っていたところです。
 皆さんにとって故郷とはどこですか。
 生まれたのは岩手ですが、今はもう、吉川が私の故郷のようです。

話したいことはいっぱい 寺田祐一牧師

2008/09/02 (Tue) 09:05:55

 今日は朝から、風は少し涼しいのですが、なんとなく蒸し暑い一日となっています。
 先週はほとんど出かけていておりませんでしたので、「朝ごとに」も、このBBSにもあまりまともに書き込みは出来ませんでした。
 今日も午後から出かけてしまいますので、ゆっくり出来ない日が続いています。

 信州夏期宣教講座でのこと、朱基徹牧師記念会のこと、新狭山福音教会でのキャラバン伝道のこと、その夜に行われた青年キャンプのことなど、書きたいことはたくさんあるのですが、いずれ稿を改めて書きましょう。
 すでに9月に入り、夏休み出かけておられた方々もみなさん戻られて、教会もまた元気になりました。

 窓の外のリトルワールドも、まだまだ元気に実をならせていますが、葉はだいぶ色づいて来ています。夏の終わりを告げているのでしょう。
 ただ、ナスだけは今から実を結ぶようで、逆にたくさんなり始めています。毎朝見てくれる兄弟が、大きくなったものを4っつも取ってくださいました。私はナスが大好きだからです!
 しかも秋のナスは美味しいらしい!

 まだまだ残暑は続くでしょうが、夏の疲れも出そうなこのごろですが、負けずに頑張って行きましょう。

お出かけ 寺田祐一牧師

2008/09/02 (Tue) 00:45:32

 今日は、午前中は先週の疲れで動けず、午後は所用で出かけなければなりませんでしたので、書き込みがこんなに遅くなってしまいました。
 忙しいことは悪いことではありませんが、こうした毎日続けて行くような作業にとっては難しいことです。
 早天礼拝はもう、どんなことがあっても守るべきものになっていますが、私にとっては、こうした文章を書き続けていられる生き方が向いているように思います。
 どこにも出かけず、出かけたくもないし、毎日が教会と家の往復、いいものです。
 勿論、人によっては色々と出かけたり、毎日変わったことのあり、忙しい生活が好きな人もいるでしょう。ある意味ではうらやましいのですが、私には難しいようです。
 しかし、好き嫌いではなく、神様が行けとおっしゃる所には行きます。
 明日もまた出かけるのですが(夕方渋谷まで)、それも恵みでしょうか。

キャラバン伝道 寺田祐一牧師

2008/08/29 (Fri) 09:53:18

 今日もまた、今「朝ごとに」を書き終えたところなので、これから関東宣教区のキャラバン伝道に出かけます。場所は狭山ですが、今日の夜は近くの高麗聖書教会で青年集会がありますので、その教会に泊まり込みで行ってきます。
 信州夏期講座と続いて体力的には厳しいのですが、こころは喜んでいます。
 神様のために働くのは本当にうれしいものです。この世的にはなんの得もないのに、私のような損得勘定の得意なものが、本当に不思議なことです。

 とにかく行ってきます。
 
 報告はまた後ほど。

充実した三日間 寺田祐一牧師

2008/08/28 (Thu) 10:17:41

 この書き込みも二日間ほど飛んでしまいましたが、昨夜、無事に信州から戻って来ました。
 会場が長野の山の中、冷泉寺温泉と言うところで、回りにはなんにもない山の中でした。
 三日間講義に集中するようにとのことでしたが、まあまあ、充実した三日間であったと思います。
 明日からまた、今度は私たちの日本同盟基督教団、関東宣教区のキャラバン伝道に参加しなければなりませんので(実は委員のひとり)、やはり泊まりがけで高麗の方まで出かけてしまいます。
 日曜日には志木新座めぐみ教会での伝道集会がありますので、ずっと出かけっぱなしということになりので、礼拝などの、今日中に準備しておかなければならないものがたくさんあって、信州夏期講座の報告もしたいのですが、残念ながら簡単にはできませんので、来週でも少し時間のあるときに書きましょう。
 一言だけ、テーマは「戦争と教会」でしたが、きな臭いこの時代、クリスチャンは、教会は、それにどのようにかかわって行くべきか、歴史的に、聖書的に、心情的に発題がなされ、それに対して討議して行くというものでした。まあ、決行白熱したもので、当たり前ですが結論を出したのではありませんので(出せるはずがない)、それぞれが持ち帰って来たところです。
 もう少し絞れば「絶対非戦論」はあり得るかと言うことでしょうか。
 実は、一般的にもそうですが、キリスト教界においても古くて新しいでもあった訳です。
 およそ平和を否定する人はいないのですが、戦前、日本の教会が積極的にかかわり、その手先にさえなっていったことは否定出来ず、犯人捜しや裁くためではなく、きちんとした検証が必要なことは事実でしょう。
 確かに、8月ならではのテーマです。
 3人の講師中、私たちの朱基徹牧師記念の集いでもお話しくださった李象奎教授をお連れしたのですが(でなければ私が参加することはなかったのですが‥‥ )、車での行き帰り、先生もお疲れになったと思いますが、よい時を過ごさせていただきました。
 因みに、先生の発題は「初代教父たちの戦争論」についてで、現在、韓国ではもっとも優れた教会史家である先生の講義は素晴らしいものでした。参加者も多くのことを教えていただいたようです。

 あ、それから、冷泉寺温泉、中屋旅館のご主人は、地元上田の教会員の方で、実に格安で、美味しい食事を提供してくださいました。
 ありがとうございました。

信仰 Faith - Grace

2008/08/25 (Mon) 22:31:23

信仰は望んでいることがらを保証し、目に見えないものを確信させるものです(Now faith is being sure of what we hope for and certain of what we do not see.)昔の人々はこの信仰によって称賛されました。(Thit is what the acients were commended for.)信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。(By faith we understand that the universe was formed at God's command)
信仰によって、アベルはカインよりもすぐれたいけにえを神にささげ、そのいけにえによって彼が義人であることの証明を得ました。神が、彼のささげ物を良いささげ物だとあかししてぐださったからです。彼は死にましたが、その信仰によって、今もなお語っています。(By faith Abel offered God a better sacrifice than Cain did. By faith he was commended as a righteous man,when God spoke well of his offerings.And by faith he still speaks, even though he is dead)
信仰によって、エノクは死を見ることのないように移されました。神に移されて、見えなくなりました。移される前に、彼は神に喜ばれていることが、あかしされていました。(By faith Enoch was taken from this life, so that he didi not experience death ; he could not be found,because God had taken him away.For before he was taken, he was commended as one pleased God)信仰がなくては神を喜ばすことはできません。神に近付く者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないからです。(And without faith it is impossible to please God, because anyone who comes to him must believe that he exists and that he rewards those who earnestly seek him)
へブル人への手紙11章1〜6(Hebrew11. 1-6)

信州夏期宣教講座 寺田祐一牧師

2008/08/25 (Mon) 07:27:22

 今日は、突然ですが、今日から始まる信州夏期宣教講座に参加することになりましたので、今から水曜の夕方まで出かけます。
 書き込む時間がないかも知れませんが、なるべく見つけて書くつもりではおりますが、書けない場合はおゆるしください。

 では、行って参ります。

 詳細はのちほど。

原点に返ろう! 寺田祐一牧師

2008/08/23 (Sat) 20:30:59

 今日は少し、昨夜出かけてしまったことや、明日の「朱基徹牧師記念の集い」最後の準備などで忙しく、今まだ明日の礼拝準備に追われています。
 ちょっと遅くなりそうですね。
 でもまあ、これまでにも準備が間に合わなくて、礼拝直前になってもまだ出来なくて、説教の中で作っていったこともたびたびありましたので、それに比べれば‥‥

 つらいところは、一生懸命準備はしているのですが、出来によって、そうは思われないこともあることでしょうか。牧師の宿命といってもいいところです。

 さて、明日はどうでしょうか。
 旧約聖書、エズラ記1章1節から6節までのところから「原点に返ろうと!」と題して準備を進めています。
 きっと神様が助けてくださって、素晴らしいメッセージにしてくださるはずです。
 皆さんの時間を無駄にしないためです。

 ぜひ明日、その成果を確かめにいらしてください。
 お待ちしています。

毎日の話題 寺田祐一牧師

2008/08/22 (Fri) 10:34:47

 10年一日のごとく過ぎていく田舎の教会にとっては、こうして毎朝何かを書いて行くのは難しいことです。
 ちょうど今オリンピックをやっていますから、そうしたマスコミを通しての話題を取り上げるのは簡単ですが、同じことに対してもっと立派なことを書ける人はいっぱいいますから、私がわざわざ書く必要もないのです。ついたまりかねて、先だってJUDOについて書いてしまいましたが、よくなかったなと思っています(私も見ているので、書きたいことはいっぱいあるのですが‥‥ )。
 勿論、投稿してくださる方が触れるのは一向にかまわないことで、むしろそれに対する返信なら大いに書きたいと考えています。最近書き込みがないのが残念ですが、それはこのサイトの目的のひとつだからです。

 今朝の「朝ごとに」では、イザヤ書23章を書いたのですが、内容の良し悪しはともかく、毎朝書くことと、箇所も決まっているのでむしろ楽です。それでつい、そっちに力が入ってしまうのでしょう。
 話題を見つけ、提供していくのは大変で、こうしたサイトは、それが大事なようです。
 「面白くするだけなら簡単だ」という私の話に、「まず読んでもらわなきゃ意味がない」との批判もいただくのですが、人が訪ね、読んでくれればいいとは、やはり考えないのです(人が集まり、楽しく過ごすのは大事で、確かに日本の教会はもっと工夫すべきかも知れませんが‥‥ )。
 これが教会のサイトだからです。
 切支丹禁制の高札が降ろされてからもすでに160年、日本の教会も、決して怠けていた訳でも伝道も宣伝もして来なかった訳でもありません。様々なイベントやプログラムを考えて来なかった訳でもなく、この世に比べて有能な人物がいなかった訳ではありません。
 ただ、どうしても通じなかった‥‥ 、悔しいほど通じなかった‥‥ 、頑張れば頑張るほど、見当外れの批判や攻撃を受けて(クリスチャンではない人には正当に聞こえる)、本当に涙を飲んできた歴史です。
 その理由の一端については、よろしかったらこのサイトの「雑文」のコーナーをご覧下さい。私なりに分析した文章が掲載してあります(韓国で出版したものの日本語版の一部です)。
 でも、勿論今でも教会は残っています。残っているどころか、一生懸命頑張って守っています。まるでカタコンベ(迫害を逃れて作った地下墓地教会)の時のように。
 こんな日本で、何故教会がなくならなかったのか。相変わらず古い、「福音」にこだわって伝え続け、書き続けて来たからです。時代に訴える、センセーショナルなメッセージは、功を奏さなかったのですが、つまらぬ昔ながらの説教が、それでも語り続けられて来たからです。そこに誇りをもってきたのです。
 24日の「朱基徹牧師記念の集い」は、「殉教」という、まるで時代錯誤なテーマを発信するものですが、キリスト教始まって以来のテーマで、もう二千年も経っているのに語られています。
 実に人数の少ない人々によって担われているのですが、人数に関係なく、聞く耳を持った方々には届いているようです。不思議なことですが、大衆やマスメディアの力ではなく、こうした人々によって、今もまさしく風前の灯火であるかのような日本の教会、いいえ、たぶん国家が、守られているようです。
 うーむ、いくら書くことがないからと言って、大きく出てしまいましたね。

 映画や食べ物の話題など、勿論これからも思いつくままに書いて見るつもりですが、面白くなるかなー
 今日は午後から、昨日お伝えしたように、午後から浦和まで、ギデオンの大会に参加するために出かけます。
 一流ホテルで行われるというこの集会、楽しみに行ってみましょう。

ギデオン全国大会 寺田祐一牧師

2008/08/21 (Thu) 09:58:00

 今日も涼しい朝となっていますが、やはり日中は暑くなるのでしょうか。
 今朝も早天礼拝に来た子が、リトルワールドのみずみずしく大きく育ったキュウリを持って行きました。
 まさに朝取りなのですが、朝食のサラダにでもして食べることでしょう。自分で食べるのも美味しいのですが、作ったものを誰かが美味しいと言って食べてくれるのがもっとうれしいとは不思議なことです。

 明日の夕方、浦和のパインズホテルと言うところで、今年は埼玉南地区主催の「ギデオン全国大会」が開催されるそうです。うちの教会からはI兄が中心となって参加しているのですが、大変立派な一流ホテルだそうで、そこに近隣の牧師も招待されているのですが、私もI兄から誘われました。
 立派なところとは縁のない田舎牧師としては、気後れするところですが、ぜひと言うことで参加させていただくことにしました。明日の夜ですが、夏休みのなかった私には少しお休みの気分になるでしょうか。
 特に役割も何もないようなので、とにかく、せっかくいくのですから、立派なホテルを十分に楽しんで来ましょう。う、でも何を着ていけばいいんだろう‥‥ 、タキシードは持っていませんが‥‥
 え、普通の恰好で大丈夫、そうですか、安心しました。
 あ、ギデオンというのは、皆さんも旅行などに行ったとき、今では旅館でもありますが、ホテルに聖書が備えられているのをご存じでしょう。本当に世界中のホテルにあるのですが、このギデオン協会の皆さんが無料で配布しているものです。ギデオン協会の紹介の中にはこのようにあります。
 「1898年秋、北米ウィスコンシン州ボスコベルの小さなホテルで、見知らぬ青年同志(ジョン・H・ニコルソン、サムエル・E・ヒル)が偶然相部屋で夜を明かしたとき、お互いにクリスチャンであることを証し、相共に聖書を読み、祈ったことから発会計画がなされた。」
 実績については、「数多い各派の教会におられる、信仰の友の助けにより、国際ギデオン協会は創立以来12億9000万冊をこえる旧新約聖書並びに新約聖書を、ホテル、旅館、病院、刑務所等に配布し、兵士(自衛官)、警察官、学生・生徒、ナース等に贈呈してまいりました」と紹介されています。
 立派な団体ですね。備えられた聖書を読んで、自殺を思いとどまったり、失った希望をもう一度取り戻した人、争っている相手と和解出来たとか、たくさんのあかしがあるようです。
 現在日本では子どもたちへの聖書配布をおもになさっています。
 そう言えば、朝時々、学校の前で聖書を配っているおじさんたちを見ますね。

 では、今日は今度の日曜日、礼拝準備と、いよいよ今度の日曜日午後と迫った「朱基徹牧師記念の集い」の準備をしなければなりませんね。
 さらに29,30日は「キャラバン伝道」、31日(日)は新座志木めぐみ教会の伝道集会、夏も後半になって忙しいようです。
 さて、今日もリトルワールドのキュウリ、ナス、トマトを見ながら頑張りましょう。

インドネシアの想い出 寺田祐一牧師

2008/08/20 (Wed) 09:46:32

 全国的にはまだまだ猛暑のようですが、吉川は今朝も比較的涼しいようです。
 冷房のいらない、リトルワールドからのさわやかな風が、開けはなった牧師室の窓から入って来ます。
 夏の涼しい木陰とさわやかな風は、何よりもの慰めと安らぎです。身も心も癒されます。
 
 さて、今日は水曜祈祷会、8月は、続けている「ローマ人への手紙」をお休みして、簡単なあかしを中心にお話ししています。
 私が神学校の一年の夏に訪れたインドネシア、ジャワ島で過ごした1ヶ月のことを中心にお話ししているのですが、私にとって忘れられない神様の恵み、体験の時となったからです。
 先週は、インドネシアについてまもなく、誰でもそうなるらしいのですが、水と暑さのために下痢をして風邪を引いてしまったことついて話しました。
 回ったのはジャワ島だけでしたが、それでも1ヶ月あまりの旅行としては十分で、現地の牧師先生に連れて行っていただき、たくさんのインドネシア教会をおたずねしました。
 下痢と風邪の中、1週間目ぐらいに、プルオカルトーという、かなり山の中の教会を訪ねました。しかし、体力の消耗は限界に達し、訪問どころの騒ぎではなく、倒れてしまいました。
 アジアの国々を訪ねる時、もうひとつ困ることがありますが、それはトイレです。
 下痢をしている身、トイレは命綱な訳ですが、これが大変、使い方が分からなかったり、第一、どこへいっても紙をおいていません。手を洗う水だけがわずかに用意してあるだけで、「どうするの‥‥ 」、これには本当に参りました。
 それはまあともかく、いや、ともかくではありませんが、身も心もすっかり萎えてしまって(情けない話です)、教会のベッドにただ横たわっていました。
 夜、ガラスの入っていない窓からは、満天の星空が見えていて、まるで星空に浮かんでいるような感じでした。具合が悪くなければ感動するところですが、その時はそれどころではなく、「俺は今、なんでこんなところにいるんだろう‥‥ 」と、これでいいのか、仕事までやめてしまって、もしかしたら騙されているんじゃないか‥‥ 、いもしない神様を間違って信じてしまって、なんか勘違いしてるんじゃないかと、下痢をして熱っぽい頭で、次から次へとマイナーなことばかり考えていました。美しい星空は悲しいばかりでした。
 しまったな、もしかしたら取り返しの付かないことをしてしまったのでは‥‥ 、涙さえ出てきます。
 しかしそんな時、ふと、自らの小賢しさから、家を追い出されてしまったヤコブのことを思い出したのです。
 行く先も仕事もないヤコブも、「失敗したなー」と途方に暮れながら荒野で野宿をしていたのです。
 きっと、私と同じ、満天の星空だったと思います。そして同じように「なんでこんなことになったんだろう」と、身の不運を嘆いていたことでしょう。
 しかし、眠れぬまま夜空を見上げていると、なんと天のはしごが現れ、天使たちが行き来しているではありませんか!
 びっくりして飛び起きたヤコブは、「ここは神様の家だったのか」と、ベテル、ベイト(家)+エル(神)とそこの場所を名付け、枕にしていた石を立ててそこに祭壇を築いて礼拝を捧げたのでした!
 なんだか急にこの箇所が思い出され(神様のお働きですね!)、今自分が置かれている状況が、なんでこんなことにから、すごく面白く思われてきたのです。インドネシアの片田舎、名前も知らない町の教会で、風邪と下痢で弱り果てて寝ている自分、つい去年まで想像も付かなかった変化、こんなことを出来るのは神様しかしない、そう思ったらなんだか楽しくなってしまったのです。
 私の人生はこれからどうなって行くんだろう。今もそうなのですが、逆に面白くなってしまったのです。
 こんな先の分からない人生、送ろうと思っても送れないものだ、ま、いいか、神様におゆだねしてしまいましょうと、不思議に思えるようになったのです。
 そしたら、満天の星はまさしく輝きを増し、何だか滲んできたのです。不思議なことに、その時から急に下痢も風邪も癒され、ぴんぴんしてしまったのです。まさに「主を待ち望む者は」でしょうか!
 次の日目覚めた時には心身ともに好調で、それまで食べられなかったインドネシア料理の美味しいこと美味しいこと、旅行の間中、めいっぱい食べ続けて、夏だというのに、5キロも太って日本に帰りました。
 献身の決意はしたものの、神学校に行ってからも不安の拭いきれなかった私に(当然のことです)、神様が決着をつけさせてくださったのでしょう。
 今も不安な時期なのですが、このインドネシアでの体験は、もう一度私の献身の思いを新たにしてくれます。

 今晩は、この町で体験したもうひとつのあかし、神様の恵みについてお話しする予定です。
 興味のあるかた、いらして見ませんか。夜7時半からですが、かなり遠くからでもまだ時間はありますよ。
 お待ちしています。

そろそろ9月に‥‥ 寺田祐一牧師

2008/08/19 (Tue) 07:48:13

 今朝も曇り空、それほど暑くない気候の中、何だかほっとして、からだの疲れも癒されるようです。
 リトルワールドには、今日も立派なキュウリが実を結んでいました。教会のキュウリは、普通のキュウリの倍から3倍ぐらいの大きさになるのですが、身が柔らかく、種も小さくて実にみずみずしいものです。
 色々な食べ方があるのですが、教会では基本的にあっさりとした塩漬けが中心です。また、しらすとわかめの和え物も作ってくださいました。いずれも大変美味しいもので、夏中楽しんでいます。
 私は大きくスライスして食パンに挟み、軽くマヨネーズと塩こしょうで食べるのが美味しいです。普通、ハムなどを一緒に挟むのでしょうが、リトルワールドのキュウリはそれだけが返って美味しいほどです。
 おたずね下されば、ぜひごちそういたしましょう。

 昨日は、休んで少し読書をなどと気取ったことを書いてしまいましたが、読むどころか、横になった瞬間に深い眠りに落ち込んでしまいました。読もうとするたびに本を落として、結局一日寝ていました。普段なら夜眠れないところですが、気候の涼しさもあって、ぐっすりと眠ることが出来ました。それでもまだ、なんだか眠り足りなくて、今朝も危うく寝過ごすところでした。
 かなり暑い日が続いていたので、思った以上に体力は消耗していたのでしょう。
 皆さんはいかがですか。

 今日は少し、今度の日曜日、24日の「朱基徹牧師記念の集い」の準備、9月、10月。11月にある講義の準備を始めなければ行けません。そう言えば、8月の31日、最後の日曜日には伝道集会だった、この準備もあるな‥‥
 秋に向けて、目を覚ます時が来たようです。
 今日はもうその準備を少し‥‥

 ああ、今日はまた午後はお絵かきの時間でした。8月は暑くて、教えてくださる花房兄もまともに描けませんでしたので、今日は少し涼しいので、何かを描いて見ましょう。
 絵を描くのは結構楽しいものですよ。
 お近くのかた、一緒に描いて見ませんか。
 上手な私が教えます。
 あ、いいえそうではありません。みんな勝手に自己流で描いているだけですので、どうぞご遠慮なく。

久しぶりに 寺田祐一牧師

2008/08/18 (Mon) 07:58:17

 昨日から涼しく、夕べは布団をかぶって寝るほどでした。
 まだまだ暑さは続くでしょうが、今朝は、まるで高原の朝のようにひんやりとしてさわやかです。
 しかし今日は、少し夏の疲れがでたようなので休みます。
 久しぶりに家でゆっくりして本を読みたいと思います。
 やはり、いつの間にか私も忙しい時代に飲み込まれていて、効率や実用のほうにどうしても傾きがちです。
 すぐに役立つ訳ではない趣味の読書に割く時間は、ほとんど取っていませんでした。
 説教準備のために読む本、何かの報告、発表のために調べる本、当たらざるを得ない資料としての書物が主で、大好きなSF小説や歴史書、読み残した名作や友人の書いた本などには手がついていませんでした。
 最近、きちんと読みたいと感じているのはホーソーンで、じっくり読み返して楽しみたいのはアシモフのファンデーションものです。また、途中で挫折している塩野七生の「ローマ人の歴史」、8巻ぐらいで止まっていますので最後まで‥‥ 、20代に読んだサリンジャーなども気になっています。
 しかし、どういう訳か、最近の本には興味がなく(本屋さんにも行かなくなってしまったので、どんな本が出ているのか‥‥ )、まったく読まないのですが、どなたかお薦めの本はあるでしょうか。
 今日は、ちょっとお休みをいただいてどれか読んでみましょうか。
 そういえば、父の残した中国関係の本もいっぱいあったなー、いつか読めるかな。

 昨日の礼拝は、お休みやお出かけのかたが多く、いつもの半分ぐらいでした。でも、礼拝というのは、やはら素晴らしいもので、充実したよい礼拝でした。来週にはきっと、皆さんお戻りになって、さらに恵み豊かな礼拝となることでしょう。とても楽しみです。
 昨日の説教の原稿「イエス様との出会い」を、「説教」のところに掲載しておきました。
 ぜひそちらの方もおたずね下さい。

美味しいモヤシソバ 寺田祐一牧師

2008/08/16 (Sat) 17:33:47

 今日はもう、今はだいぶ涼しいのですが、日中、今年最高かと思われる猛暑で、なかなか明日の準備がうまく行かずぐだぐだしておりました。冷房をつけると返って体力を消耗してしまい、仕事が進まないのです。
 この書き込みも出来なかったのですが、ちょっと一休みをして書いています。
 もう特別なことは書きませんが、今日お休みだった方が昼頃訪ねてきて、「先生、一緒にモヤシソバを食べに行きましょう」と誘ってくださいました。
 入道雲のわきたった夏空の下、もうだいぶ頭を下げてきた稲穂のたんぼ道を自転車を漕いで、吉川では、たぶん一番古いおそば屋さんへ行きました。以前、ラーメンが美味しいと紹介したお店です。
 そこで今日は、とろみあんかけのモヤシソバ(ラーメンですが)をいただきました。
 これがまたなんと絶妙で美味しいことか、麺のラーメン臭さが日本ソバと同じ醤油鰹だしのつゆと相まって実にうまいのです!
 田舎の、何でもありのおそば屋さんは、本当に馬鹿に出来ません。
 と、今日はこれだけなのですが、日本の小さな田舎教会も同じだなと思いました。
 どれも専門ではないが、それなりにどんな説教も準備しなければならない、ちょっと、私のように融通の利かないものには大変なのですが、それが宿命なので、頑張るほかはありません。
 よし、明日は大橋屋さんのモヤシソバに負けないように(私はいつもたぬきそばを注文するのですが、これも安くて本当に美味しいです)、頑張るぞ!

 明日の説教題は「イエス様との出会い」、聖書箇所はヨハネの福音書20章19節〜23節です。
 なるほど、題からすると直球勝負ですね。

 ぜひのおいでをお待ちしています。

ナスの花 寺田祐一牧師

2008/08/15 (Fri) 09:51:43

 今日は、「朝ごとに」を書くことにエネルギーを使ってしまい、ここではあまり書けないようです。
 昨日と同じく、お休みなのでしょう、普段よりは静かです。
 早天礼拝にも、今日はお休みの方がいらっしゃいましたので、敗戦記念、教会の犯してきた罪について、一緒に祈りました(「朝ごとに」に書きました)。
 もう金曜日ですから、日曜日の準備もあって暇ではないのですが、少し静かに祈り、思いを馳せる日でもあります。
 リトルワールドは相変わらず元気で実を結んでいますが、余計なことさえしなければ、本当に平和な姿です。
 しばらく実を結ばなかったナスも、ここに来て、なんだか一斉に紫色の花を咲かせ始めました!
 秋に向かって準備をしているのでしょう。
 きっと、秋なすの美味しい種類なのだと思います(ナスという以外、名前は知りませんが)。
 ナスの花は、よく見ると、色といい、かたちといい、大変美しい花です。
 大きな葉にしたに隠れ、ひっそりと咲いているのですが(まるで私のようだな‥‥ )、なかなかの風情です。
 今度描いてみよう‥‥


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